後編
「都の外れ……森の木々に隠れるように、あばら家があって、そこにあの男は隠れているようです。連れ去られた女性たちは彼の鬼としての力か、仮死状態にされていて……部屋の中に飾られているようですね」
戻ってきた白猫を肩に乗せたまま、白夜は屯所の一室にて、隊長・戒に報告をしていた。
「ありがとう、白夜。虎白もお疲れ様」
報告を受けて、労う戒に白夜は頭を下げ、虎白は「うにゃっ!」と鳴いた。
「早速、乗り込んで諒と、連れ去られた女性たちを助けないとね。そうだな……実際、そのあばら家へと乗り込むのは、僕と虎牙、七海、龍、それに白夜の5人。他の隊士は、あばら家を取り囲むように待機。相手が外に出てきた場合の対処を願おう。決行は明朝……皆、頼むよ」
考えながら、集まっている隊士たちに戒は作戦を告げた。
隊士たちは頷いたり、了承の声を上げ、仮眠を取るためにそれぞれの部屋へと戻っていった。
作戦開始より一刻ほど前。
屯所の庭に佇む影が一つあった。
「心配?」
その影に、屯所の縁側から出てきたもう一つの影――戒が訊ねる。
「まぁ、な」
佇んでいた影――虎牙はかけられた声に振り向き、答えた。
「諒のことだから、大丈夫だよ」
「そうだろうけどよ。ただ、異変に即気付けなかったっていうのが、堪えてさ」
虎牙は苦笑しつつ言う。
「一刻も早く、助けないとね」
まだ星が輝く空を見上げ、戒が呟いた。
「それじゃあ、作戦開始……!」
都の外れのあばら家より少し離れた場所に集まった隊士たちに、戒が合図を出した。あばら家を囲うように散る隊士と、乗り込む5人がそれぞれ動く。
あばら家の壊れかけた戸口から、5人は屋内へと入った。
土間の奥に4畳半ほどの部屋があり、男と女性たちが居る。女性たちに紛れて、諒の姿もあった。
「お前らはっ!?」
「諒を……それに、お前が連れ去った女性たちを助けに来た」
驚き、声を上げた男に、虎牙が静かに言った。
「退魔20番隊、だ! 女性たちを解放しろ」
言い放つと共に、虎牙は太刀を抜く。
「何故……何故なんだ! 悪いのは、俺を貶してきた、こいつらだっ! こうして、ただ傍に居るだけの人形となれば、俺は貶されない……っ! 邪魔を……邪魔をするなぁぁぁぁぁっ!!」
呟きから、叫びに変わる。男の姿も声と共に変わっていった。
着流しの背が破れ、バキバキリと骨の軋むような音と共に、コウモリのような翼が生える。顔は醜く引きつったような表情となり、耳元まで裂けた口からは2本の牙が目立つように生えた。
体つきもやせ細ったような体つきになり、手足の指が異様に長くなる。
「貴様らも人形にしてやるよぉぉぉぉぉっ!!」
鬼と化した男は叫び、異様に長くなった手の先に生えた爪で、太刀を構えた虎牙へと攻撃をしてきた。
爪と太刀がぶつかる音が辺りに響く。
「1人に対して、大勢で寄って集っていくのは好きじゃねぇんだが、お前ら、鬼に対してはそうも言ってられないんでな……。戒、七海、行くぞっ!」
虎牙は、彼の左右まで来ていた2人に声をかけた。
「あぁ」
戒も一振りの太刀を構えると、上段の構えから鬼へと向かって振り下ろした。
爪を食い止められていたままの鬼は一瞬反応が遅れ、傷を受ける。
「義兄さまたちには負けないんだからっ♪」
短刀を両の手にそれぞれ持った七海も鬼へと向かって、攻撃を仕掛ける。
「ぐっ!」
今度は、鬼も素早く反応し、七海の連続攻撃は弾かれる。
「虎白、援護なさいっ!」
後方から白夜が叫ぶ。傍らに控えていた白猫の姿が見る見るうちに大きくなり、通常の大きさの2、3倍は軽くありそうな白虎へと姿を変えた。
「がるるるる……」
虎白は低く唸ると、大きく口を開けた。その口から青白い炎の玉が吐き出され、鬼へと向かう。炎の玉は鬼の左手を包み込み、火傷を負わせた。
火傷を負いながらも鬼は両の手の爪で攻撃してくる。七海へと向かったその爪は、横から戒の刀に弾かれた。
「大丈夫か、七海?」
「うん。ありがとう、義兄さま」
爪を弾かれ、悔しそうにする鬼を前に、戒が七海に無事を確認する。七海は笑顔を向けて答えた。
「大丈夫なら、反撃するぞ」
戒の言葉に七海が頷き、虎牙も連携するように刀を振るう。
いつの間にか鬼の後方に移動していた虎白が不意をついて飛び掛り、鬼の動きを封じた。
「は、離せ離せ離せぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
鬼はもがくが、虎白の力は強く、ちょっとやそっとでは振り解くことは出来ない。
「七海、あばら屋の中に入って、龍の手伝い、してこい」
虎牙が七海に向かって言う。
「え、でも……」
「入れ!」
まだ鬼に止めを刺していない。
そう言いたかったのだが、言葉は遮られ、強く言われる。
七海が渋々中に入っていくと、後方で白夜がくすくすと笑った。
「……白夜?」
戒が不思議そうに訊ねる。
「見せたくないなら見せたくない、ってハッキリ仰ればよろしいですのに」
虎牙と戒の内心を読み取ったかのように、白夜は言う。
「う……」
そう。鬼と戦っている以上、今回のように、人の心を残したままの鬼に、稀ではあるが遭遇する。
いくら鬼とは言え、人の心を残している以上、人殺しに近い感じがしてしまうのだ。
虎牙や戒は侍として、奉行所の仕事を手伝っていた。白夜も生まれついての力から、家業で呪殺などを行うこともあった。
けれど、七海は違う。元々はただの狐として、野山を駆け巡っていただけなのだ。
いろいろあって、20番隊に所属しているけれど、これまで人の心を残したままの鬼を殺めたこともなければ、対峙したことすらない。
兄貴分である虎牙や戒は、彼女に人殺しはさせたくないと思っている。
だから、この場から退けたのだ。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。今はこいつの処分だ」
「く、くそぉぉぉぉっ!」
力を振り絞って、鬼はもがく。けれどもやはりびくともしない。
「鬼になった以上、救いの手はないんだ。悪かったな」
戒はぽつりと呟くと、虎白が拘束している四肢の間をすり抜けて、鬼の胸元へと刀を突きつけた。
「うあぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫と共に、鬼は絶命する。すぅっと身体が砂になり、崩れ落ちた。
そして、その砂の間から黒い靄が立ち上った。
「浄化を……」
虎牙と白夜がそれぞれ武器に付けた宝珠を差し出す。
2つの宝珠から放たれた光が混ざり合い、黒い靄を集約していった。
靄は欠片となり、パリン……と、小さな音を立てて砕ける。
「さて、中の様子はどうなったかな?」
見届けた戒は呟き、2人を伴って、あばら屋の中へと入っていった。
七海があばら屋に入ると、先に入っていた龍が、諒の様子を診ていた。
「龍くん、諒姉さんは?」
「仮死状態……とでも言うべきか。眠っているのとは少し違う……」
診たままの彼なりの考察を述べる。
「仮死、状態……」
どうしたものかなと七海が呟く。すると、外から先ほどの鬼の絶叫が聞こえてきた。
それと同時に、諒の瞼がぴくりと動いた。
「ん、んん……」
小さなうめき声と共に、諒の瞳が開かれる。
「あら……? 龍……?」
不思議そうに諒は声を漏らす。
「私……、あぁ……そうよ! 変な男に、捕まって……!」
慌てて立つ諒。けれど、力が入らなかったのか、すぐにふらっと倒れこみそうになる。そこを龍が支えた。
「もう、大丈夫だと思うんだよ……」
七海は、諒に言った。先ほどの絶叫、それがあの男の最期であったのだろうと、七海は分かったのだ。
周りで仮死状態にされていた女性たちも目を覚まし、ここが何処で、自分がどういった状況であるのか、不思議そうに首を傾げ合っている。
「あぁ、皆、起きたんだね。それじゃあ、奉行所の方に連絡を回して、女性たちの家族に迎えに来てもらおうか」
入り口から中に入ってきた戒が、外の方で待機していた隊士に連絡を頼む。
「いつの間にか一件落着〜って、ことぉ?」
諒の少しばかり不服そうな呟きは、仲間たちの笑い声に混ざり、消えていった。
終。