タイトルロゴ『夢と現の交わる路』

前編
 時は幕末、京の都。
 夜ともなれば妖たちが跋扈する時代。
 人の負の感情から生み出される澱みに取り付かれ、鬼と化す者たちがいた。
 その鬼を退治すべく、力のある者たちが集まって結成されたのが退魔20番隊である。20番隊には、武器を用いて戦うことを得意とする者、術を扱い攻撃したり支援したりすることを得意とする者、情報を集めることを得意とする者と、さまざまな者たちが集まった。ときには、人に手を貸すことが好きな妖も集まってくることもある。
 そのような者たちが集まった隊だから纏まりのないときもあるけれど、いざ事件ともなると力を合わせ、鬼と化した者を倒してきていた。
 そんな20番隊に、ある事件が舞い込んできたのもこの日のことだった。
「女性が連れ去られる事件、ですか?」
 20番隊隊長の春海戒は町の奉行所に呼ばれ、目の前の男に今聞いた言葉を繰り返していた。
「そうだ。ここ数週間で3人の娘さんが、稽古事に出たっきり、もしくは買い物に出たっきり、行方を晦ましている。特に悩みを抱えているような者たちではないと娘さんの家族は言っててな。そして、ここ数日のことなんだが、数日の間に更に5人ほどの娘さんが行方を晦ましているんだ。ここまで行方を晦ましていたら、連れ去られているんではないかという話になってな……」
 男は、今現在座っている座敷の外を見るよう、視線だけに戒に告げる。
 戒が視線の先に目を向けると、廊下をバタバタと走り回っている男たちの姿が見えた。
「事件の調査、家族の対応、その他諸々……。奉行所だけでは、どうにもならないほど手が足りてない。そこで、20番隊さんの方にも調査を依頼したいってわけだ」
 男は戒に向かってそう言った。
「そうですか……」
 戒は相槌の言葉を口にしながら、一つこくりと頷く。
「そういうことでしたら、我ら20番隊、この調査の件を引き受けましょう。また何か分かりましたら連絡ください。こちらからも定期的に人を寄越しますから」
 そう言って戒は席を立つ。そして、廊下に出て、バタバタと走り回る男たちの間をすり抜け、奉行所を出て行った。
 古びた温泉旅館の跡地、そこが退魔20番隊の屯所である。
「帰りました」
 立派と言えなくもない門をくぐり、玄関の戸を開きながら戒は屋敷内に向かって声をあげた。
「おかえり、義兄さまっ!」
 戒へと飛びついたのは黄金色の狐の耳と尻尾を携えた十代半ばの少女。
「七海、危ないよ」
 戒の首に腕を回してじゃれ付く少女――七海に、戒は諭すように言う。七海は渋々と手を放した。
「今日は奉行所の方に行ってきた……んだよね? 何かお仕事の話?」
 廊下を東館の奥の間に向かって歩き始めた戒の後に続きながら、七海は問い掛ける。その尻尾は楽しいことを求めてからか、左右にゆらゆらと揺れていた。
「そう仕事の話。ってことで、詳しいことは後で話すから虎牙と諒、それと龍を呼んできてもらえるかい?」
 戒の言葉に、七海は勢い良く頷くと踵を返し、個人の部屋が集う西館の方へと歩いていくのであった。
 東館の奥の間。
 ここは主に戒が隊士たちに指示を出す間であり、退魔20番隊の幹部たちが話をする間でもあった。
 今は、七海を通じて戒に呼び出された切込方の長である来夏虎牙、そして監察方の五十鈴姉弟が今回の件で話をしている。
「そういうことで……まだ鬼の仕業という可能性は低い。だから、人攫いの可能性を前面に出して、情報を集めて欲しい。龍」
「……はい」
 説明の後で、戒は部屋の端で静かに話を聞いていた少年へと声をかける。少年――五十鈴龍はこれまた静かに返事をした。
「人攫いであれば、楼閣へ売られる場合もある。ああいうところは表立って情報網を敷いてるわけじゃなさそうだから、その方面を当たって欲しい」
「……御意」
 戒の指示に、頭を垂れ、龍は返事をした。
「諒は、浪人たちから情報を集めてもらえるかな? いつものように……」
「分かったわ」
 妖艶な笑みを浮かべ、その部屋に居た唯一の女性――五十鈴諒は頷いた。
「私と虎牙は、実際に現場を回る。鬼が関わっているとしたら、何かしら宝珠も反応するだろうからね」
「動き回るのか。まぁ、一番だるい仕事は俺らの仕事だもんな。了解っ、と」
 胡坐をかいていた足の片方を立てて、その膝に腕をつきながら、がっしりとした体つきの男――来夏虎牙が答えた。
「下の者を使うのは、もう少し情報が集まってから、かな。今はまだ、情報が足りなさ過ぎるから……」
「了解」
 戒の言葉に、三人の声が重なる。
「それじゃあ、散開」
 最後に放った言葉で、三人それぞれがその部屋から出て行った。

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