あの日は、いつも通り訓練していただけだった……――
気に食わないヤツが居た。
彼は、幼い頃から、あたしのやること成すことに首を突っ込んできて、負けても負けても突っかかってきて……。
邪魔だと思ってた。
だって、何処にだって着いてくるんだもん。
10歳になる年に漸く父さんに許可を貰って始めた剣術だって、彼も初めて……。
「おはよーございますっ」
更衣室でTシャツとハーフパンツに着替えて、倉庫から竹刀を1本取り出し、訓練場へと入る。
まだ誰も来ていなくて、窓すら閉まってて、真夏日だっていうのに暑いじゃないか! て、怒りながら窓を全開にした。……まぁ、まだ、早朝だったわけだから、暑くなるのはこれからなのだけど。
窓を開けると、まだ温まっていない、少しひんやりとした空気が訓練場へと入ってくる。
「ちょっと早いけどウォームアップしとこ」
まだ人が来る気配がないのを確認し、あたしは訓練場を後にして、走りに行った。
15分ほど走って戻ってくると、人影がちらほらと現れていた。
父さんは、この町の自警団の副団長で、ローディンさんっていう自警団の団長さんから、新米団員の早朝と夕方の訓練を任されている。
自警団に入っているのは15歳以上の男性ばかりで、あたしが10歳で訓練に混じった、初めの頃は舐められてた。
けど、そんなのなんて気にせずに、日々の努力だけであたしは剣の腕を上げていき、もうすぐ6年経つ今では、今訓練を受けてる人の中で上位から10人のうちに入ってる。
「おっはよー、エリィ」
「おはよう、エリアール」
走って帰ってきた後、顔を洗って汗を流してたあたしの下に歩み寄ってきたのは幼馴染のアルウェスと、3年前に自警団に入ってきたリューイ。
ガサツなアルウェスに、見た目も性格も静かでクールなリューイとがいつも一緒に居るってのは多分2人が同い年だから、なんだろうけど……やっぱりこう並んでみても似合わない。
「おはよ、アルにリューイ」
顔の水滴を拭ったハンドタオルを折り畳みながら、声を返しながらふっと笑ってみせる。
「もうすぐ訓練始まるよ」
そう言いながら、リューイが竹刀を渡してきた。あたしは取り出した竹刀を壁に立てかけたままだったのを思い出す。
「それが、これ」
「どうせエリィのことだ、忘れてると思って回収してきてやったんだよ」
慌てて取りに行こうとするあたしを、リューイは竹刀を差し出しながら、アルウェスはそう言い放ちながら、止めた。
「う……ありがと」
差し出された竹刀を受け取り、2人と共に訓練場に入る。
先ほどは空気が篭ってて暑かった訓練場も窓を全開にして暫く経つ今、かなり涼しくなっていた。
「よーし、それじゃあ、今日の訓練は終わりー!」
約1時間の訓練の後、父さんのその言葉で朝の訓練は終わる。あたし以外の皆はこの後、着替えて自警団の詰め所へと向かうことになっている。
だから、皆はざわざわと話をしながら更衣室へと帰っていくのだけれど、それが関係ないあたしはもう少し独りで訓練をしてから家に帰ろうと思っていた。
「エリアール、最後閉め忘れないようにな」
「はぁい」
父さんだってもちろん例外でないから、先に帰っていった。
さて、訓練しますか……。
暫く素振りをする。
その後、壱から型の練習を行って、一頻り汗をかいたところで、出入り口まで歩いていって風に当たろうとしたときだった。
高く上がった太陽から降り注ぐ日差しが眩しくて、薄暗い訓練場から出るといつも目が慣れるまでちょっと時間がかかる。
戸口の淵に手をかけて、眩しい空を見上げたとき、ふわっと体から力が抜けるような気がした。
「エリィ!」
「エリアール!」
外からアルウェスとリューイの声が聞こえたような気がして、声のした方を見ようとするけれど、力の抜けていく体が白い光に包まれたかと思うと、いつの間にか意識は遠のいていた。
次に目を開けたのは、何処かよく分からない場所。
覗きこんでくる知らない男の顔に嫌悪感を覚え、でも「街外れの訓練場で待ってる」って言われて、足を向けてみようと思えた。
此処が何処なのかは分からない。
けれど、そこへ向かわないからには、何かが始まらないと思った。
元居た場所に戻るには、まずはそこに向かわねばならない、と。
了。