小鳥のさえずりが聞こえ、何処からか滝の音が聞こえてくる山奥。
そんな静かな山奥に、金属音が響いていた。
濃い茶色をした一対の翼を持った少女と、茶色い獣の耳と尻尾を持つ青年が、両者それぞれの武器を手に、それを交えていた。
青年の持つ槍が、少年の持っていた棒を弾き飛ばす。
「うぁ……千鳥っ」
少女は弾き飛ばされた棒に気をとられてしまい、その好きに青年が槍を喉元に突きつけた。
「これで千勝目ってところだな」
青年は少女に向かって、にっと笑った。
「むーぅ……、また負けた」
少女は、突きつけられた槍が下ろされると、弾かれていった自分の武器を取りに向かった。
「誠は、武器を飛ばされたら、そっちに集中が行って、隙ができるんだよ。そこを直せば……」
「勝てるんでしょ。どうせ、それができませんよーだっ」
誠と呼ばれた少女は、青年に向かって、べっと舌を出した。
「ガキ」
青年はぼそっと呟いてみると、後ろから風の塊が飛んできた。
「ガキで悪かったなっ! 蒼こそ、年の割りに親父くさいじゃないかっ!!」
誠は、青年―蒼に、また風の塊を投げつけようと手の先に風を集めていた。
「誰が親父くさいんだ、誰が。ってか、待てっ! それを投げようとするなっ!」
手の中で既に大きくなっている風の塊を見て、蒼は焦る。
誠は舌打ちしながら、その塊を解放すると、辺りに涼しい風が舞った。
『せーいーっ!』
風とともに、小さな声が聞こえてくる。
「ん?」
誠が見上げると、1羽の小鳥が飛んできていた。それに気づき、手を上に翳す。その小さな声は蒼には聞こえなかったので、誠のその動作で空を見上げた。
小鳥は慣れているかのような動作で、その手に止まった。
『誠、誠っ! 今朝、お館様に昼までには戻ってくるよう言われてたでしょっ? お客様来てるらしくって、お館様、ぷんぷんだよーっ』
小鳥は羽をぱたぱたとさせ、慌てている様子でそのことを告げた。
「ぁ……そだった。蒼、悪いっ! ボク、帰るっ」
誠はそれまで小さくしていた翼を大きく広げた。
「あ? そうなのか。まぁ、いいや。そんじゃ、また次楽しみにしてるぜ?」
「うん……っ」
大きく広げた翼を二、三度羽ばたかせると指先に止まっていた小鳥を肩に乗せ、更に山奥へと向かっていった。
山奥にひっそりと佇む平屋の屋敷。
誠はその屋敷の庭へと降り立った。
風で乱れた髪を手櫛で梳いて直すと、父の待つ部屋へと向かう。
「失礼します。只今、戻りました。お待たせしてしまってすみません」
廊下に正座をして、障子を開け、応接室にて向かい合って座っている二人に頭を下げる。
「やっと帰ってきたか。……まぁ、いぃ。こちらへ座りなさい」
50代半ばくらいに見える渋い顔の男は、誠を隣に座るよう促し、誠もまた、促されるまま、隣に座った。
「改めて……、久しいな、戒殿」
「えぇ、ご無沙汰しております、如月さん、それに誠さんも」
男――如月と誠の向かいに座っていた青年――戒は、誠の方ににこりと微笑みかけた。
「……はぃ、お久しぶり、です……」
誠が挨拶を返し終わると、早々に戒が目的を話し始める。
「先ほど、如月さんにも説明したのですが、誠さん、あなたが生まれながらに手にしていた宝珠を活用して欲しいときが来たのです」
戒の言葉に、誠は思わず首から下げていた勾玉を左手で握りしめた。
生まれたときに持っていた石は、失くさないようにと勾玉の形に加工され、首飾りとしていつも肌身離さず身に付けていたのだ。
「これを……?」
首から外し、その宝珠を机の上に置く。
「えぇ。昨年の……都にて鬼が暴れ、それを鎮めた隊の話は、こちらまでは届いているでしょうか?」
「あぁ、人伝ではあるが聞いていた。確かその隊を率いていたのは君だったと聞くが?」
「はい、そのときは私が指揮をとっていたのですが、一時解散後、私は本隊に戻りました。しかし、また鬼の出現が確認され……今はその本隊の方が、抜けれるような状況ではありません。
そこで、生まれながらに宝珠を所持している誠さんに、新たな20番隊の指揮をとってほしいと思い、お話に来ました」
そこまで一息で言うと、戒は再度誠の方を向いた。
「どう、かな?」
「わ、私、は……」
問い掛けられ、誠は意見を上手く言えず、そのまま俯いた。
どちらかと言えば、部隊自体には興味があった。
しかしその部隊の指揮をとることなど、自分にそこまでの力があるのかが分からない……。
「戒……さんは、いつまでこちらに?」
すぐに答えを出せないと思った誠は、戒の滞在期間を問う。
「あぁ、私はこの後すぐ帰ろうかと……」
「今夜一晩くらいゆっくりして行ったらどうかね? 久々に酌み交わそうではないか」
戒の返答に、誠より先に如月が泊まることを勧める。
「え。で、でも……私も仕事が……」
「帰りは一族の者に送らせよう。歩いて帰るより速い」
「……はい」
如月のあまりの気迫に負けたのか、戒は渋々頷いた。
その夜、誠は屋根に上っていた。
月は十六夜。少し雲がかかっているが、周りの星がキラキラと輝いており、空は明るい。
「ちぃ?」
肩に座っている二匹のモモンガが、まるで「どうかしたの?」と聞くように、誠の頬に顔をすり寄せる。
「ふふっ、くすぐったいよ、北斗。七星も……」
一匹一匹を手に乗せ、そのまま腕に抱く。
そして、空に浮かぶ十六夜月を見上げた。
「どうするべき、なのかな? ……今まで、人の上に立つことなんて、あまり考えもしなかった、から……なぁ」
当主の子供である以上、いつかは人の上に立つことは以前少しだけ考えていた。
でも、いつまで経っても現役でいそうなあの父が、急に前線から退くことは考えつかない。
だから、次期当主と言われていても、纏める側に回るのは当分先のことだ、そう考えていた。
「お姉様、こちらにいらっしゃったのですか」
自室の窓から屋根へと繋げている梯子から、少女がひょっこり顔を覗かせる。
「茜……」
少女――茜は、誠に名を呼ばれてから、梯子を登りきって誠の横に腰を下ろす。
「……行って、しまうのですか?」
「え……? あ……うぅん。今、悩んでて……」
「悩っ!? 折角の……、人の上に立つということを学べる機会なんですのよっ!? 悩まなくても、先のために学んでくるべきではっ!?」
「そう言われても……ね」
捲くし立てるように茜に言われ、誠は少し困ってしまう。
「前に……、戒が組長をしてるときの20番隊の噂を聞いたとき、ボクの力を生かせたらって思ったときはあったよ? ……でも、人の上に立つことなんて、今まで考えてもなかったから……さ」
「お姉様……」
腕の中の北斗たちが、肩や頭を行ったり来たりする。
「お姉様。いきなりそういう人材でないと行けないわけじゃないと思います。慣れてないなら、皆さんと一緒に慣れていけばいいと思いますもの。
あの蒼とかいう人と訓練してるときのお姉様、活き活きとしてるって思うんです。だから……その力、皆様のために使ってあげてください」
茜は誠の方を向いて、手を取るとそう言った。
北斗たちも肩で「きゅぃっ」と頷くように鳴く。
「……うん、頑張ってみる、よ」
こくりと頷いて、誠は茜と北斗たちに笑顔を向けた。
翌日、誠が起きると外は騒がしく、丁度戒が一族たちが操る籠に乗ろうとしているところだった。
誠は慌てて、夜着に一枚羽織った状態で、窓から外に出る。
「戒……っ」
「誠さん」
「誠!」
誠の呼び止める声に、戒も如月も振り返る。
夜着のままなので、きっと後から父に起こられることは間違いない、そう思った。
「……あ、あの……。……私、昨日のお話、請けます。私の力で、何処までできるかわかりませんが……」
それだけ言うと、また俯く。
戒は籠に乗りかけていたのを止め、誠に近付いた。
「ありがとうございます」
それだけ言うと、如月の方に向き直る。
「詳細はおって、別の者に手紙を言付けます。今日のところはこれにて失礼します」
如月に向かって一礼すると、誠に「またね」と呟くように言って、戒は籠に乗り込んだ。
「戒殿、また」
見送りに来ただけの一族たちが見守る中、籠は引き上げられ、戒は去っていった。
「誠」
「は、はぃっ」
怒られる、と思って思わず目を閉じる。
だが、如月の手は珍しく誠の頭を軽く撫でた。
「お、お館様?」
流石に誠もかなり驚いたようで、見上げる。
「とりあえず着替えて来い。やるとなったらまた訓練し直しだ」
「……はぃっ!」
言われて返事をすると誠は翼を広げて自室まで戻っていった。
――誠が家を発つまであと一月……。
了。