Planet of Dark〜天空の惑星〜

誰がために姫は歌う

――ぼくが歌い始めたのは、朔のためだったっけ…。

 学園長から建国祭で歌のコンクールがあるとき、初めは参加する気が全然起きなかった。
 先日、朔を失ってばっかりで、歌う意味を失くしてたっていうのもあったし…、それに…人前で歌えなくなってたから…。
 人前って言っても、舞台とかそういうのじゃなくて、ただ少しの人の気配がするだけでも歌声が出なくなってた。
 だから出る気はなかったんだけど…。

  ぱさ…っ
 つける決心ついたから、つけるようにしていた朔の毛で出来たつけ髪がふいに落ちる。どうやらつけてたところの止め方が甘かったららしいんだけど。
「よかったぁ…水場とかに落ちないで…」
 廊下に落ちたそれを拾い、埃を払ってからそこらの窓を鏡代わりに手早くつけようとした。
 その時目に入ったのが洗っても落ちなかったという血がついて赤くなっている部分。
「…朔…」
 きっとその血がついたのは、自分を守ってくれたときだと思われる。
 今までずっとずっと守ってくれた朔が最後の最後まで守ってくれた瞬間。
 そして、最後の最後まで何もしてやれなかった自分。
 なのに、歌う意味が失くなったからって歌わないなんて…。
 ふと何かの衝動にかられ、中庭へと足を向けた。

「…誰もいないよね…?」
 人が居ないことを確認してから、中央の辺りに立つ。
 一息ついて…。

 メロディーだけを口ずさむ。
 ココロの底から流れ出てくるメロディー。
 何も考えずに一気に歌う。

  カサ…ッ

「…ぇ?」
 気付かなかった。
 先の音は、きっと誰かが去って行く際に出してしまった枯葉の音。
 でも…。
「……歌えるよね。人の気配、気付かなかったっていうだけだけど…歌えたんだから…」

 そう。
 今までなら、人の気配に気付かなくても、人が居るって時点で、声が出なくなってたはず…。
 でも、もう一度歌えるような気がしたから、ぼくは歌唱コンクールに参加する。


「にぅぅ…よくよく考えたら、ぼく、正装とか持ってきてないー…」
 参加する決意をして、寮の自室に帰ったのも束の間。
 クローゼットを見てて思い出したことが一つ。
 着て出れるような正装を持ってないってこと。
 流石に入学式とかの式用の正装ってのも…なぁ。
「…間に合うかわかんないけど…作ってみよっかなぁ…」
 海龍祭の折に見本のために作ったのが一着。
 それを作っても余った布がいくらか。
 それをどうにか改良していけば…。

 ……現実は甘くなかった。
「…見本作ったとき、一晩かかったんだっけ…?」
 作り始めたのが21時ごろ。
 今が…6時。
 気付けば徹夜してたらしい。
「とりあえず、出場までに一眠りして…」
 仕上げの方はギリギリでも大丈夫なハズ。

 それが…いけなかったんだけどね…。

 寝る前、いざってときのために、詩の部門の方に歌詞だけでも提出しておく。
 そしてそれから、再度寮に戻って仮眠についた。

 次に目覚めたのは辺りが暗くなってから。
「ほぇぇっ!? やばっ…大遅刻っ!?」
 急いで衣裳を手に会場へと向かって行く。
 だけど、その走りも空しく歌唱コンクールの舞台は…。
『以上で歌の部門に参加された方は終わりです。なお、結果発表の方は後日…』
 場内に響く司会者の声。
 観客席の後ろの方から、観客が出て行く。
「途中棄権者出たのは残念だったよね」
「うんー。どうしたんだろうね…」
「そのコの歌も聴いてみたかったなぁ…」
 そんな声が、ぼくの傍を通り抜けて行く客の中から聞こえて来る。
 その場に居ることが苦痛に思え、気付けば足は寮へと向かっていた。


 外が静かになったころ、ぼくは再度寮から出て、中庭へと向かった。
「やほだよ、ヴォル」
 朔と同じ毛並みを持つ銀狼。
 ヴォルに話し掛けてから、小屋の金網越しに傍に座り込む。
 中庭に動物たちが住むようになってから、悔しいときとか嬉しいときとか、何かがあったらココに来ている。
 今回のことを察してくれているのか、それともただいつも通りにしているだけなのか。
 ヴォルは金網越しでも傍に寄ってきて、ぼくの直ぐ後ろに座り込む。
 金網越しだけど、ヴォルの温かさが背中を介して伝わってくる。
「やぁっぱ間に合わなかったやー…。衣装もちょっと出来てないとこ、あるしね」
 手にしていた紙袋の中には最後の仕上げを残すのみ、となった舞台衣装が入っている。
 上着が着物のようで、それでいて下は短いスパッツで。
 帯から続いているリボン状のモノは、動けば揺れるようになっている。
 そして最後の仕上げにしたかったのは、腰周りに着物と同じ布が来るように長さの調節とつけ足しをしようと思ってた。
 もう着ることないだろうけど…
 そう思いながら、ぼくは手早く最後の仕上げを完了させてみる。
 そして、出来上がった衣装を手にすると、紙袋や他の荷物はそのままにして、一旦体育館にある更衣室へと向かった。

 衣装に着替えて中庭に戻る。
 一旦小屋の奥の方に引っ込んでいたヴォルがまた傍へと寄ってきてくれた。
「ヴォルにだけ、特別…だよ」
 ヴォルを朔と重ねているわけじゃない。
 だけど、…何処かで朔と同じ優しさを持ってる気がして。
 今回の歌をすごくヴォルに聴かせたい気分だった。
 一息深呼吸。それからスッと息を吸って。

―…大きな大きな雫の流れ
  心の中を流れてく
  伝う流れは あなたへと続くの…?

  もうこの世界で
  廻り逢えないというのなら
  また次の世界で
  あなたと廻り逢えますように…

  そしていつか
  一緒に流れ伝う
  あなたへのこの想い
  伝わりますように……―

 先日この場で口ずさんだメロディーに歌詞を乗せた歌。

 歌い終わってヴォルの傍に戻る。
 ヴォルは両前足に乗せていた頭を上げ、ぼくの方を見てきた。
 その瞳が一瞬だけ、朔と重なってぼくは何だか嬉しい気持ちになった。

 結果の発表はまだ先だと思われる。
 でも、結果がどうだっていい。

 朔に聴いてもらえたのなら…――